2019年06月12日

ありがたい

 ありがたいの語源である「ありがた・し (有難し)」を岩波古語辞典で引いてみる。 
《有ることを欲しても、なかなか困難で実際には少ない、無いの意。稀なことを喜び尊ぶ気持ちから、今日の「ありがたい」という感謝の意に移る》
「有難う」「有難く頂戴します」などの語源である「ありがた・し」とは元々、在る事、存在する事それ自体がかけがえのない尊い事だという感謝の気持ちを表現する言葉である。

 小児科医でありかつ自身が小児麻痺である熊谷 晋一郎氏の記事がありました。紹介させて頂きます。
 「自立は、依存先を増やすこと、希望は、絶望を分かち合うこと」
“自立”とはどういうことでしょうか?
一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、さまざまなものに依存しなけと生きていけないんですよ。
 東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。
 これが障碍の本質だと思うんです。つまり、“障碍者”というのは、「依存先が限られてしまっている人たち」のこと。健常者は何にも頼らずに自立していて、障碍者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障碍者は限られたものにしか依存できていない。依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存している事を忘れているわけです。

 何を持って生産性のある人間、生産性のない人間というのであろうか。自立支援とは生産性のある人間が、生産性のない人間を生産性のある人間に変革するということなのだろうか。恐らく、今の社会で言う自立している人間とは、都市化された社会の中で適切な振舞いが取れることと、経済生活が行えていること、この2点をクリアーしている人間のことを言うのであろう。それ以外は生産性に問題のある自立していない支援が必要な人間ということなのだろう。
 自己家畜化している都市生活者が一人サバンナに放り出されればなす術もなく死を待つだけだろう。都市生活者の自立とは、エネルギーの大量使用による幾重もの保護膜による守りとそれによって生じる環境負荷という外部不経済性を垂れ流すことによってやっと成り立っているだけである。元々、相互依存の中でしか人は生きられないという当たり前の事を忘れているのは、都市化された社会の中で自立していると錯覚している側の人間なのである。生産性で人を選別する発言をした国会議員と相模原障害者施設殺傷事件を起こした人間は傲慢性に於いて通底している。

 ホスピスに勤務されている沼野尚美氏が書かれた「癒されて旅立ちたい」という本の中で妊娠中に癌が判明した若い妊婦さんの事を記述されている所があります。略して紹介させて頂きます。

 Sさんは妊娠中に自分が癌にかかっていることを知りました。母親になれる喜びをかみしめながら、生まれてくる赤ちゃんのための準備を進めていたのです。とにかくすべてが初めての経験でしたので、体調が悪いのもつわりのせいと思い込んでいました。やがて、その症状は癌のためであることがわかり、彼女は大きな人生の選択をすることになりました。
 医師からは「今、赤ちゃんを堕ろせば、あなた自身の命が長く延びる可能性が高くなります」という説明を彼女は受けました。しかし、与えられた命を守ってやりたいといって、彼女は産むことを決心するのです。自分の体の中に、誕生と死の両方を抱えてまったく迷いがなかったと言えば嘘になるでしょう。しかし、彼女は現実を正しく理解した上で、自分にとってリスクの高い道、お腹の中の赤ちゃんの命を守る道を選びました。
 無事に元気な赤ちゃんを出産した後、末期癌患者となった彼女に後悔はないか聞いてみました。「後悔していない」と彼女ははっきりと答えました。ただ、育てていくことのできない悔しさと悲しみ、体力がないためにしっかりと抱きしめてあげられない子供への申し訳なさを、涙ながらに語りました。

「在る事」「存在する事」それ自体が有難く尊いのであ。その事を腹の底から了解できるような人間になれるよう努力して行く事が相互依存の中でしか生きていく事の出来ない人間の自立性なのでなないだろうか。上から目線で金科玉条のように「自立支援」を唱える自立していると錯覚している側の人々の無明に光が届きますように。

            ケアプランふくしあ   木藤


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